本文だけで400ページ以上ある大著であり、注目の書である。
とても重要な指摘の多い本なので、2回に分けて、この本について紹介していきたい。今回は本の大筋の内容と時代的位置づけを説明し、次回は著書が提言する人材像について迫りたい。
筆者の安宅和人さんの肩書は「慶應義塾大学 環境情報学部教授」「ヤフー株式会社 CSO(チーフストラテジーオフィサー)」。ヤフーでは戦略課題の解決、事業開発を担当し、データ及び研究開発部門も統括している。
彼の名を世の中に知らしめしたのが、2010年に出版した『イシューからはじめよ』(英治出版)だ。仕事の生産性を上げていくためには、本当に解決すべき「イシュー」を見極めることの大事さを具体的に示した書物だ。
「シン・ゴジラ」の名セリフから本のタイトルを考えた
読者の皆さんが最初に気になるのは、書名だろう。『シン・ニホン』の「シン」って何? 「新しい」という意味?「薄い」と想像を膨らませても、意外なところから着想した書名だから、当てられる人は少ないだろう。
映画「シン・ゴジラ」の中に出てくるセリフが気に入って、そのシンをいただいたというのが真相のようだ。そのセリフとは、「この国はスクラップ&ビルドでのし上がってきた。今度も立ち上がれる」という言葉だ。だから、本の帯には「この国は、もう一度立ち上がれる。」と太字で安宅さんのメッセージが印字されている。
ちなみに、映画「シン・ゴジラ」のシンは、「新」しいゴジラ、「真」のゴジラ、「神」のゴジラという含意があるようだ。
本書の中身に触れていこう。
安宅さんの時代認識はこうだ。AIの進歩のスピードはすさまじく、あらゆる産業がデータ×AI化する流れは避けられない。
「計算機、情報科学の進化、そしてビッグデータ時代の到来によって起きている変化はとてつもなく大きい。具体的には『情報の識別』『予測』『目的が明確な活動の実行過程』はことごとく自動化していく」
(本書から引用)
一人負けを15年続けた日本。AI×データでも負けている。
では、AI×データの時代に日本は競争力はあるのだろうか。
安宅さんによれば、「一人負けを続けた15年間」というのが、日本の置かれた厳しい現実だ。負けの現実を本書から一部引用してみよう。
「(世界の企業価値ランキングで)日本は中国はおろか韓国に大敗している」
「(GDPは)世界的にアップトレンドの中、日本だけが伸ばせないという若干衝撃的な状態が25年ほど続いている」
「(一人あたり生産性は)半ば一人負けといっても過言ではない」
(本書から引用)
こうしたマクロ面での負けだけではなく、AI×データに絞っても大負けしている。
「データ量と空間づくりで土俵に立てていない」
「データ処理力でも残念な状況」
「エンジニア、専門家がそもそも足りない」
「理数素養のある学生の割合が少なすぎる」
(本書から引用)
さらにやっかいなのが「じゃまおじ」「じゃまおば」の存在だ。「じゃまなおじさん」「じゃまなおばさん」の略称だが、500万人~1000万人程度いると思われるミドル・マネジメント層の多くは、基礎的な統計の素養がなく、情報処理やプログラミングについて基本的理解がない。これらミドル層に危機意識がないから、「AIネイティブな若い世代を引き上げることもなく、この国をさらに衰退させている」と指摘する。
結論は厳しい。
「今の日本は、データ、利活用、処理力、人…いずれの視点でも勝負になっていない」
「データ×AIの視点だけから言えば、半ば1853年の黒船来航時と同様の状況だ」
(本書から引用)
「今イケてない日本」が世界を相手に逆転する道はある
なんとも厳しい現実を突きつけられ呆然とするが、安宅氏の真骨頂はここからだ。
「今イケてない日本」にも希望がある!と著者は歴史を振り返る。代表的事例が18世紀から始まる産業革命で、日本が逆転劇を演じたのだと指摘している。
産業革命の第一フェーズでは、電気の発見や蒸気機関の発明が起きた。第二のフェーズでは、エンジンやモーターが小さくなり、クルマやミシン、家電などが続々と生まれた。第三のフェーズでは、新しく生まれた機械や産業がつながり合って、通信回線、通信技術、インターネットなどが生まれた。
日本は第一フェーズの時代は、まだ江戸時代で鎖国状態。産業革命に参加すらしておらず、「イケてない国・日本」だった。しかし、明治の文明開化で第二フェーズから参加を始めた。途中二度の大戦を経て、自動車、家電、カメラ、その他のもの作りでぶっち切りのトップに立った。
データ×AIの世界でも、画像処理や音声処理などの「入り口」の AI 技術で日本は負けているが、第二フェーズ,第三フェーズになると、日本の得意とする妄想力によって立ち上がれると、安宅さんは期待している。
妄想力とは何か。そして、第二フェーズ、第三フェーズで日本が立ち上がり、逆転するためにどんな人材が必要なのか、次回、ご紹介していきたい。
(ジャーナリスト、ほき・しもと)
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